人気ブログランキング |

飯舘村経由南相馬市へ

一年前の1月、相馬地方、宮城県に出掛けて、津波の被災地を見て来た。
今日は、浜通りに行って復興丼でも食べてこようかと、雪道でも動じないziziは言う。

NHKスペシャル番組「震災を生きる子どもたち 21人の輪」と言う番組で放送された、磯部地区に行ってみたいと思っていたので、まずは南相馬市に向けて車を走らせた。

国道114号線で川俣町へ
d0143705_22512034.jpg

そこから県道12号線で飯舘村へ入る。
d0143705_22514661.jpg

ここは、飯舘牛が食べられるレストランやショッピングセンターなどが並んでいる。
言うまでもなく閉鎖中
d0143705_225467.jpg

県道沿いには民家や老人ホーム、コーヒーショップ 椏久里もラーメン店琥珀もあった。
新築間もない家もある。
ここにはたくさんの村人のあたり前の生活があったはず・・・
改めて、事態の重大さを感じた。

八木沢峠を過ぎると南相馬市だ。
南相馬市は、福島原発から20キロ内の警戒区域と20~30キロの屋内退避地域、30キロ圏外と3つの区域に分かれていて、事故当時はかなりの人が自主避難していたが、屋内退避が解除されて、現在はかなり人口が戻っていているようだ。
市役所近くの大通りは、たくさんの車が行き交って、一見落ち着きを取り戻しているように見える。

6号線を突き抜けて海岸線へ。
めったに雪が降らないという浜通りにも雪が積もっている。
津波被害があって様変わりした海岸線を北に向かって走っていると、前方に『原町火力発電所』が見えてくる。
d0143705_2335293.jpg

この火力発電所は、津波でめちゃくちゃになったのを写真で見ていたがすっかり修復されて大きな煙突からは煙がもうもうと出ている。
津波で大きなダメージを受けても、2年も経たないでこうして復活出来るのだ。
それにひきかえ、原発は・・・
私が生きているうちには廃炉にさえ出来ない。
それどころか、何十年もそこに住めなくなってしまうのだ。

海沿いの堤防は、壊れたまま・・・
お線香が手向けてあった。
d0143705_0224292.jpg

さらに北上すると相馬市磯部地区。
ここ磯部地区では、二百数十名が津波の犠牲になった。
「震災を生きる子どもたち 21人の輪」は、数回にわたって放送された。
その磯部小学校の6年生の子供達が素直で可愛くて、いじらしいほど頑張っていて・・・
ここが磯部小学校 ↓
ここは、海から近いけれど、高台になっているので津波の被害はなかったようだ。
d0143705_23564882.jpg

この先に『青年の家』があった筈だが、建物はおろか、松林も跡形もない。
娘達が小学校のころ、ここで宿泊訓練をした所だった。


昨年行った相馬松川浦には、まだ漁に行けない船が、変わらず並んでいる。
d0143705_085872.jpg

この地区は、震災前は魚介類の市場があった所なので、新鮮な魚を求める観光客で賑わっていた地区。
各店先では、焼き魚を売っている店もたくさんあったが、今は閑散としている。
その通りに、復興丼の旗が・・・
d0143705_0112480.jpg

はい、私達は食べてささやかな応援。
めちゃくちゃ美味しかった~!
松川浦が目の前のこのお店は、当然津波の被害があったけれど、リフォームして開店にこぎつけたとか。
d0143705_0124689.jpg

お腹を満たして、6号線を北へ新地町、宮城県山元町から角田、丸森方面に出て阿武隈川沿いを走り、帰途に着いた。
どこも雪景色だった。。

長々と備忘録のお付き合いに感謝。。
by hana920m | 2013-01-21 22:19 | お出掛け | Comments(0)
<< 和の季節のタペストリー 『冬景色』 お手玉雛 >>