あれから一年・・・

一年前のあの日の午後は、来客中だったので、テレビは付けていなかった。
『そろそろ帰る・・・』と言った時、ガタガタと揺れだした。
揺れがどんどん大きくなり、2回目の大きな揺れでリビングボードと食器棚の扉から
グラスや食器がいっせいに飛び出して粉々に割れて、ソファーの上にも落ちて来た。
窓の外を見ると、前の家の瓦が雨あられのように降って、
大谷石の石塀も数個落ちている。
大声で『怖い!怖い!』と騒いでいるだけで、何も出来なかった。
あの時は、もうこの世の終わりかとさえ思った。

揺れが治まって、お客様が帰った後、外に出たがるミックと一緒に外で、近所の人と立ち話をして、
実家の母の安否を確認して家の周りを訳も無くウロウロした様な気がする。
雪が舞って寒い日だった。
夕方、近所の人が来て近くの小学校に避難するように言われ、
バックとハーフケット一枚だけを持って体育館に行った。

一晩中余震が続き、体育館のライトがゆらゆらと揺れて、バスケットゴールはガタガタなって・・・一睡も出来なかった。
ミックとziziは、校庭に止めた車の中で一晩過ごした。
体育館では、非常食の乾燥米や缶詰のパン、ペットボトルの水、災害用の薄い毛布が
配布された。
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翌朝、家に戻りテレビを見て、大きな津波被害があったことを知り、その惨状に驚愕した。
その日福島原発1号機が水素爆発した。
それからは、原発事故の心配ばかり・・・
福島市は60キロも離れているのだから安全だと思っていた。無知だった。
15日の2号機の爆発で福島市の放射線量は、20μSv/hを超えた事を知ったが
その数字が、どれだけ危険かなんて何にも知らなかった。
水を求めて外に何時間も並んで、スーパーに買出しの為に並んで、ガソリンを入れる為に
外にいた人も少なくない。

放射線の心配は、まだ続いている。 
放射線に振り回されている。

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ここ数日、震災の特番を見る為にテレビの前から離れられないでいた。
泣いても泣いても涙が出る。
年のせいばかりではないような気がする。
きっと心が傷ついているんだと思う。



あの日の事を忘れないようにこの本を買った。
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各ページの上の写真が震災直後のもの、下の写真は今年1月のもの。
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悲しい写真がたくさんあるけれど、3枚目の写真のように笑顔も見えるとホッとする。
この本の最後の方には、震災で亡くなられた方15000余名の名前が掲載されている。
ziziの知人の家族3人も、大槌町の欄に3人並んで名前が掲載されていた。 

この一年は、あっという間だったように感じる。
この震災の事は絶対忘れない!
まだまだ終わっていない原発事故の事も忘れてはならない!

被災地の子供も、若者もみんな言います。
『将来は、ふるさとの復興の為に、働きたい。』
誰かが言っていた。
『東北の被災地から、すごい人が出てくると思う。』と。

私達は、この震災で多くの事を学んだ。
差し伸べられたたくさんの温かい支援に涙した事が何度もあった。
福島県民に向けられた一部の人たちの心無い言葉に心を痛めた事もあった。
この震災で学んだ事を無駄にはしたくない。

しかし、何かをきっかけに区切りをつけたいと何度も思った。
一年を機に、心の中の一区切りにしたい。
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by hana920m | 2012-03-11 23:44 | 東日本大震災 | Comments(0)
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