<   2011年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧

あじさいの額

気持ちを前向きに、久々に楽しんで作れたあじさいのアップリケ。
ワンパターンのいつもの額に入れてみた。
真ん中の葉以外は、お友達から頂いた布。
布選びが決まれば、一日で完成出来る。
季節の物を作るってやっぱり良いなぁ。

 『和の花を描く』より
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by hana920m | 2011-05-31 22:45 | 針仕事 | Comments(0)

箸袋とひざ当て

ハンドメイト応援隊に参加して、最初の仕事は、いわき市の小学校から要請が
あったという『箸袋』と、お掃除する時に使用すると言う『ひざ当て』。
それぞれに10人分が出来た。
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ひざ当ては、同じ布で何組か出来たので、シールを縫い付けて自分のが判るようにした。
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日本ヴォーグ社で作りかけのスクールバックがあれば、追加の要望があるので
送って欲しいと書いてあったので仕上げておいたスクールバック2つ送った。

これで、一段落としよう。
もちろん、応援隊からの要請や、手作り品が役に立つ事があったら
私の出番だけど。
とりあえず、一段落して今度は自分の為に自分の好きな針仕事がしたくなった。
何から始めようかなぁ。。

最近の私の応援歌はこれ↓
http://www.youtube.com/watch?v=M_U1WB7fq7o&feature=related
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by hana920m | 2011-05-26 21:57 | 針仕事 | Comments(0)

ランチ

3ヶ月振りに友人とランチ。
友人が開口一番、『やせたね~、ちゃんと食べてるの?』
私の日記や掲示板でのコメントを見て、心配していたとか・・・・
確かに、震災以来平常心で無かったかも知れない。
あの時の恐怖感がずっと残っていたし、原発の事も頭から離れない。
日記にもコメントにも、ついキツイ事を書いてしまった。

たまには明るい話題をと、写真を撮る。
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しかし、食事の合間の話題は、やっぱり地震のこと。
それぞれに味わった恐怖や、大切な物が壊れた事、家の内外にもひびが入った事
など・・・
震度6の大きな揺れは、人の心も、家をも傷つけた。

陶芸をしている彼女からうれしいプレゼントがあった。
丁度良い大きさで使い勝手がよさそうな中鉢。
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いつも前向きな彼女に、元気を分けてもらって、いつまでも足踏みしていないで、
そろそろ前向きにならないとなぁ。

食事後は、藤棚を見に行く。
昨年の猛暑の水不足とかで、花房は例年の三分の一位しかない。
それでも丁度見ごろの藤棚、たくさんの人が訪れていた。
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by hana920m | 2011-05-18 23:28 | グルメ | Comments(0)

スタジオキルトのマンスリーキルトタペストリー

震災があってから、なかなか針を持つ気分になれないでいた頃、
パッチワーク通信社で『コンフォートキルト』を募集していることを知った。
サイズは、1メートル以上の物で、新しい物という事だった。
このマンスリーのキルト、ぎりぎり1メートル以上だ。
トップが出来ていたので、もしかしたら役に立つかも知れないから、がんばって見ようと思った。

まぁまぁ順調に進んでいた。
キルトラインを引く時、いつもアイロンで消えるペンを使っているが、
そのいつもの消えるペンだと思って、なんと油性のマジックでキルトラインを書いてしまった。
アチャーーーー!!! ガックリ!!!
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余り布で、いろいろ消す方法を試してみたけれど、どれも効き目が無い。
仕方が無いからそのまま続行。
あと少しキルトラインが残っているのだけれど、ほぼ完成。
しかし、こんなケチがついたキルトは失格だな。
それにサイトで見るコンフォートキルトは、明るく元気が出るようなカラーが多く
保育園とか、老人施設で使う実用的な物が良いらしい。
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by hana920m | 2011-05-16 21:47 | 針仕事 | Comments(0)

飯館村の避難はじまる

計画的避難地域の避難が始まった。
妊婦さんや小さい子供がいる家庭が福島市に。
ここからそう遠くない所の公務員宿舎へ。
娘達が幼稚園の時、公務員宿舎に入っていたお友達が
何人もいて、遊びに行った事もある。

テレビで宿舎の様子が映されていたが、あの当時の宿舎とは違い
ずいぶんきれいな所のようで、安心した。
すぐ近くに大きなスーパーもあるし、学校も幼稚園も病院もあるから、
安心して快適にすごして欲しいなぁ。

しかし、こうして福島市に避難してくる人もいれば、
福島から逃げ出している人もいる。
なんとも微妙な気持ちになる。


福島市は、6月はじめに毎年、一斉掃除(どぶそうじ)が行われる。
今年は、6月5日に実施される事になっていた。
今日、回覧板が回って来て、一斉清掃の中止のお知らせだ。
きっと側溝には、放射線物質が含んでいると思われる汚泥があるからだ。
いつもなら側溝のゴミや土は、麻袋に入れて市が収集してくれるのだけれど、
きっと行き場が無いのだろう。
汚染されていると思われる汚泥は、そのまま・・・・と言うことになる。
なんだかなぁ。。

被災者の子供達が使う、給食袋とナプキンのセットが6組と
巾着袋3枚を作った。
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自分が好きな事をして、困っている人の役に立てばこんなうれしい事は無い。
しいて言えば、石川遼君と同じ気持ちと言うことで。。 (*^m^*) ムフッ
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by hana920m | 2011-05-15 21:04 | 原発事故 | Comments(0)

飯館村の移転先

昨日の新聞に飯館村の移転先が載っていた。
村民を6つの分類して、乳幼児や妊婦、園児がいる家庭は、福島市内に。

小中学生がいる家庭は、福島市でも少し遠くの施設や、二本松市の温泉、
遠くは、猪苗代のスキー場にあるホテルにと、バラバラになる。
スキー場のホテルは、素敵な所です。
私もドライブしながらこのホテルでお茶したり、温泉に入ったり、
たまにはランチにいったり、もちろんスキーにも何度も足を運んだし、
孫達とそりを持って行って遊びに行った事もある。
しかし、山の中のスキー場のホテル、小中学校は、いったいどこに行くの?

高校生は、福島市に。

そ例外の世帯は、二本松市、相馬市、国見町・・・・
7市町村に1014戸を確保したと新聞に載っていた。
みんなバラバラだ。

飯館村の人達は、いつまでこの状態が続くのだろう?


福島原発、なんだか順調に進展しているようには見えない。
なんだかなぁ。。
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by hana920m | 2011-05-11 23:26 | 原発事故 | Comments(0)

川内村の一時帰宅

20キロ圏内の一時帰宅が始まった。
川内村の住人95名。


一度だけ、川内村に行った事がある。
モリアオガエルの繁殖地の『平伏沼』に行くのが目的だった。
車中、『『平伏沼』が無かったら川内村にくる事はないよね。』と言った記憶がある。
用事が無ければ、絶対に行くことがないような、中通りと浜通りの中間地にある
山間の村。

『平伏沼』  それは、それは神秘的な所で、まるで妖精でも出てきそうな
今まで見たことの無いような空間だった。


村役場の近くには、『かわうちの湯』と言う、立派な温泉施設があって
近隣の住人たちで賑わっていた。
もちろん、私たちも温泉に浸かって来た。

役場の近くには、天山文庫と言う施設もあった。
いわき市出身の詩人、草野心平が、この川内村をこよなく愛し、
たくさんの蔵書を寄付されたとか。
その蔵書のために、村人達が材料を持ち寄って建てたと管理人が言っていた。
草野心平氏は、晩年まで川内村を何度も何度も訪れたと聞いている。


村の蕎麦打ち名人がいる蕎麦処で美味しい蕎麦も食べて来た。

そんなのどかな川内村に、防護服を着て入らなければならないなんて・・・・
悲し過ぎます。
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by hana920m | 2011-05-10 22:44 | 原発事故 | Comments(0)

原発被災者の気持ち

東電の社長はじめ役員の方々が、土下座して詫びている姿をテレビ画面で何度も放映された。
周りを取り囲んだ原発20キロ圏内からの避難者に厳しい言葉を浴びせられ、名前を呼び捨てにされ・・・
頭を下げることしか出来ない彼らを見て、なんともやりきれない気持ちになった。
メディアは、好んでこういう場面を使いたがるのだとは思うが。

あの避難所にいたのは、浪江町の人たちだ。
原発のある自治体の人達と違い、直接東電の恩恵は受けていない人達。
自分達は、取り残されていると感じている浪江町の人々。
それだけに、溜まりに溜まった不満が爆発したのだろう。
天災ならあきらめもつくが、原発は人災だから諦め付かないのだと言う。
その気持ち、痛いほど分かる。
自分達の生活、すべてを奪われたのだから。。

福島市に住んでいる私もそうだけれど、計画非難を余儀なくされている飯館村や
川俣地区の山木屋地区の人達は、浜通りに原発がある事を知っていたにしても、
原発の影響が自分の住んでいる地区に影響するなどとは、考えもつかなかったに違いない。
たとえ一ヶ月の準備期間があったとしても、村全部を移転するなどと言う事は、無理難題だ。

それが、一言原発が危ないから、すぐに避難するように言われた人々。
着の身着のままで、津波にのまれた家族を探すことも出来ないで
恐怖に慄いて避難してきた人々の気持ち、筆舌に尽くしがたい。。
そのうえに、いらぬ差別までされるなど、許されないことだ。
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by hana920m | 2011-05-05 22:05 | 原発事故 | Comments(0)

何を信じれば良いのか?

福島市では、何かにつけて放射線に関して正しい知識を持って貰おうと努力していると思う。
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先日の内閣官房参与の小佐古氏が辞任する時に涙ながらに訴えた・・・
あれはどういうこと?
テレビで専門家が何人もいると意見がまとまらないと言っていたのは、この事?
年間20ミリシーベルトと言う数字は、高すぎる?
1ミリシーベルトにするべき?
普通に生活して自然界で受ける線量って、年間1~2ミリシーベルト位じゃなかったっけ?

そりゃ~当然、子供は余計な放射線など浴びないほうが良いに決まっている。
しかし、あの涙ながらの発言は、放射線量にピリピリしている福島県民をかなり
動揺させた。

市政だよりの『放射線Q&A』には、こう書いてある。

・・・1時間当たり数マイクロシーベルトの放射線量でも数ヶ月間この環境に住み続ける事で蓄積したら、数ミリシーベルトを超えることもあると思うが大丈夫か?

・・・報道されているのは、あくまでも屋外での空間の数値であり、屋内では
5~10分の一の位に減ります。
現在の状況が継続すれば健康リスクが出ると言う100ミリシーベルトまで
累積される可能性はありません。

そして、同じ100と言う線量でも、1回で100受けるのと、1を100回受けるのとでは、
影響が全く違います。
少しづつなら、リスクははるかに少ないのです。

そういえば、なにかに100℃の熱湯を浴びると火傷をするけれど、1℃の水を100回浴びても
火傷はしないのだと書いてあった。

しかし、子供達は、なんとしても守らなければならない。
この問題、念には念を入れて取り組んで欲しい。

あぁ~、今日も明日も原発の、放射線の心配ばかり。。
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by hana920m | 2011-05-03 22:27 | 放射能 | Comments(0)