カテゴリ:東日本大震災( 6 )

あれから6年 思いつくままに・・・

朝起きて外を見ると屋根にうっすらと雪が積もっていた。
6年前のあの日も寒い日で夕方には雪が飛んでいた。
テレビを付けると、震災関連の番組、カタカナのフクシマの文字が目の入る。
特別な目で見られているようで、カタカナのフクシマは嫌いです!
テレビ画面の下に福島県の方のツイートと思われるフクシマに関しての苦言が書かれていた。 同感!

あの日、経験した事のない揺れに襲われ、近くの小学校の体育館に一晩だけ避難した。
翌朝家に帰って、テレビを付けたとたん目に飛び込んで来たのは、信じられないような大津波の映像だった。
まもなく起きた原発事故。
福島県民は、とてつもない苦労を強いられた。

あれから6年、今の私の生活は、何も心配する事もなく食べ物も水も空気も安心して暮らしている。
ただ、福島の人は地域、年齢、考え方によって一くくりには出来ない現状があるけれど、大方の人は普通に暮らしていると思う。
しかし、まだまだ解決出来ない課題もたくさん抱えている人がいるのも現実だ。

世界を震撼させた原発事故を風化させてはならないと思う一方、忘れたいそっとして欲しいと思う自分もいる。
あれから6年、心配だった農産物なども検査をして安全だという事が知られるようになり、8割の人が福島産抵抗無くを受け入れてくれているとか。
でも、残りの2割の人たちは、福島は震災当時の状況だと思っているのか、拒否するようだ。
判ろうとしない人達に福島産を食べなくても結構,そっとしておいて下さい!
でも、子供へのいじめや差別、偏見はしないで欲しい!
そういうことが報道される度に心が痛みます。
かわいそう過ぎます。
福島県民は、被害者なのです。
子供を守ろうとして避難しているのですから。


先月、お茶席に飾った枝を一枝頂いて花瓶に入れておいたら花開いて来た。
庭の椿を一輪入れたら、あら素敵!
d0143705_0313938.jpg

玄関ミニギャラリーは、まだお雛様。
d0143705_0422965.jpg

[PR]
by hana920m | 2017-03-11 23:43 | 東日本大震災 | Comments(2)

震災と原発事故から4年

朝、カーテンを開けると雪がうっすらと積もっていた。
寒い!!!
4年前のあの日も雪が飛んで来た寒い日だった。

テレビ番組は、震災4年目の各地の現状が放送されている。
津波被害を受けた沿岸部は、自治体によって復興の進み具合が違うようだ。
着々と工事が進んでいる所もあれば、まだ当時の悲惨さが残っているような所もある。

今年は、原発被災地からの中継が多かったような気がするが、
それだけ復興が進まず、複雑な問題を抱えているからだろう。
原発被災の復興はまだまだ先が見えて来ない。
故郷に帰れるのか、帰れないのかハッキリとした指標も示されず、避難している方はもう戻らない覚悟をしている人が多くなっているという。

中間貯蔵地だって、13日から除染した土を搬入すると決まっているようだが、2000人を越す地権者との合意はたった一件だけだとか。
土地を買い上げるのか借り上げなのか、地権者にはハッキリ↓説明も無いという。
何より、買い上げになる場合は、その土地の価格が原発事故後の下落した価格になるという話だ。
そんな馬鹿な話があるだろうか? 
国の誠意など全く感じられない。
地権者の怒りも当然だ。


Eテレで毎月初めの日曜日午前零時から(土曜に深夜)、震災後まもなくから放送されている番組がある。
『福島をずっと見ているTV』
3月8日の放送は、番組のパーソナリティ箭内道彦さんと福島県知事の対談だった。
その時の知事さんの言ったことが印象に残っている。
『福島の復興は、目に見えるものだけではなく福島県民が福島県民として誇りとプライドを取り戻した時が復興だ・・・』というような事を言われた。

福島出身と言うのを隠して、福島からの避難者と言う事を隠して他県で暮らしている人も多いと言う。
いつになったら傷ついた福島県民のプライド、誇りを取り戻す事が出来るのだろう。。

と、ここで終わったら重いし、暗いよね~。
大丈夫、少しづつ少しづつ前向きにみんな頑張っているから・・・

震災後今まで以上に、ふくしまが大好きになった。(^-^ ) ニコッ
[PR]
by hana920m | 2015-03-11 22:34 | 東日本大震災 | Comments(2)

東日本大震災から3年

あれから3年が過ぎた。
最近は、体に感じる地震が無くなったせいか、普段は穏やかな暮らしになって来た。
今日は、3年が過ぎた震災の事を感じていようと、テレビの前に座り込んだ。

あまりにも広範囲の災害地、それぞれ復興の進み具合も問題点も地域によって違いがある。
岩手県や宮城県は、瓦礫が片付いて少しづつ復興しているとはいえ、仮設住宅で生活している方々のご苦労は、益々厳しい状況になっているように思える。
福島県に至っては、原発事故のせいで津波の爪あとがそのまま、手付かずの所さえある。

今日一日、いろんな思いにさせられた。
悲しみ、苦しみ、喜び、希望、成長する子供達に驚るかされたり、前向きで頑張っている人に感心したり・・・
しかし、復興の歩みはどこの被災地でも遅いと誰もが感じているのではないだろうか。

ここ福島県は、特に原発の廃炉作業と言う先の見えない大きな問題を抱えているせいで、震災はまだ進行形だ。
震災関係のテレビ番組もどうしても原発がらみの放送にチャンネルを合わせてしまう。
福島は、あれから毎日原発事故関係の事が報道される。
繰返されるアルプス(62 種類の放射性物質を除去できるシステム)のトラブル、汚染水問題、建屋に流れ込む地下水問題、ヒューマンエラー、地下水から過去最高の放射線の値が測定されたというこのフレーズなど、何度聞いたことか・・・
もし、又あんな大きな地震が起きたらなんて考えたら、と言う不安もつきまとう。

あぁ~、書いていて嫌になってしまう。
最初に穏やかな暮らしになって来たと書いたばかりなのに。。

誰かが言っていた。『自分は忘れたいのに、人には忘れないでと思ってしまう。』 私も同じかも知れない。
でも、人間は忘れるから生きて行けるのだと聞いたこともある。
でも、でも、廃炉なんてまだまだ先の話、原発事故で人生を狂わされて苦しんでいる人々がたくさんいる事も忘れてはならない。
命を掛けて原発事故の復旧作業に携わっている人々の事を忘れてはならない。



 
[PR]
by hana920m | 2014-03-11 21:07 | 東日本大震災 | Comments(4)

東日本震災から2年

東日本震災を、あのかつて経験したことがないような大きな揺れを経験した私達は
あの日の事は決して忘れることは無い。

ここ数日、震災関係のテレビ番組を見続けた。
改めて2年前の災害の大きさを再認識させられた。
あの恐ろしいつなみを目の当たりにし、身内や知り合いを亡くし、日常の何もかも海に飲まれてしまった沿岸部の方々、地震で自宅を全半壊した人達、ため池の堤防が決壊して家が流され亡くなった人だっている。
そしてあの忌まわしい原発事故で、故郷を追われてしまった人達。
前向きに進んでいる人がいる一方、苦しんでいる方もまだまだ多い。


原発が爆発するのではないかと毎日が不安だったあの頃、『直ちに健康に影響はありません。』と何度も繰返したあの方が南相馬市に来た時、市長さんはじめ迎える方々は、外でマスクもせずに並んで待っていた。
その時テレビ画面に現れたあの方は、白い防護服に防護マスク姿、原発作業員のようないでたちだった。
私達は、唖然とした。
福島県民は騙されているのかも知れないとあの時思った。

あの頃、中通りは線量が高くてもそう簡単には避難対象にはならないと誰かが話していた。
中通りには、新幹線が走り高速道路が通り、県庁もある。
ここを避難区域にしたら、宮城県や岩手県の被災地に行くのに、大変なことになるのだ。
絶対中通りを通らなければ被災地に行けない言っても良いくらいなのだ。

最近になって、あの原発事故の最悪を想定した場合、天皇家をどうするか・・とか
東日本に住む5千万人の避難はどうなるのか・・・などの話も出ていたらしい。
空恐ろしい話である。

福島原発事故の収束廃炉なんて、まだまだ数十年先の話。
原因さえ特定されていないのに、再稼動、建設中の原発工事再開、原発の輸出、新しい原発もまで???
フクシマから何も学ばないのですか?
この国は、一体どこに向かって進んでいるのでしょうね。
まもなく満杯になる核のゴミは、どうなるのですか?
結局、原発所在地が、核の最終処分場になるんじゃないの。


        ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

d0143705_23542055.jpg

ローソンでこのDVDを買い求めた。↑
震災からまもなくの頃、余震と原発に怯えていた頃、ラジオから『猪苗代湖ズ』と言う福島出身のミュージシャングループが歌っている『「I love you & I need you ふくしま』を聞いて私達はずいぶん慰められた。
震災から半年後、彼らは福島県内の数箇所で風とロックLIVE福島を開催した。
その頃の様子がVDVになって発売されたのだ。


そして今、『風とロックLIVE福島 CARAVAN』で、全国各地でコンサートを開いている。
そのコンサートの最後に歌うのがこの歌『Two shot』
原発事故によって、考え方の違いで離れ離れになった人達のお互いの気持ちを
何とかしたいと・・・
そして出来たのがこの曲だとか。
歌っているのは沖縄のミュージシャンキヨサクさん。

♪~君と僕の違う所を尊敬し合いたい、僕と君の同じ所を大切にしていたい~♪
[PR]
by hana920m | 2013-03-14 23:55 | 東日本大震災 | Comments(0)

瓦礫撤去

震災で落ちて来た前の家の屋根瓦と、大谷石の塀の一部の片付けを、
市役所に申し込んでから、何ヶ月たったのだろう。
今日、この猛暑の中撤去作業。

なにしろこの瓦礫には、放射性物質が含まれているから、役所の指定場所にしか運べない。
こんな風に、隙間が開いているから、大きな余震でも来たら怖い。
d0143705_1550215.jpg

石塀の上部と一段目を取り壊してもらった。
d0143705_15521657.jpg

朝8時から2時間ですっかりきれいになった。
d0143705_1549477.jpg


これでようやく震災の後片付け終了!

最近、又地震が多い。
夜中に何度か飛び起きて、テレビのスイッチを入れた。
地震、もう勘弁して。。

今日の瓦礫撤去で、今年の夏は終わりにしたい・・・

しかし、今年の夏は異常な暑さだ。
8月末と言うのに、連日36℃を越す猛暑日が続いている。
雨も、全く降る様子が無いし、 もう、雨乞いでもしたい気分。
[PR]
by hana920m | 2012-08-30 15:43 | 東日本大震災 | Comments(0)

あれから一年・・・

一年前のあの日の午後は、来客中だったので、テレビは付けていなかった。
『そろそろ帰る・・・』と言った時、ガタガタと揺れだした。
揺れがどんどん大きくなり、2回目の大きな揺れでリビングボードと食器棚の扉から
グラスや食器がいっせいに飛び出して粉々に割れて、ソファーの上にも落ちて来た。
窓の外を見ると、前の家の瓦が雨あられのように降って、
大谷石の石塀も数個落ちている。
大声で『怖い!怖い!』と騒いでいるだけで、何も出来なかった。
あの時は、もうこの世の終わりかとさえ思った。

揺れが治まって、お客様が帰った後、外に出たがるミックと一緒に外で、近所の人と立ち話をして、
実家の母の安否を確認して家の周りを訳も無くウロウロした様な気がする。
雪が舞って寒い日だった。
夕方、近所の人が来て近くの小学校に避難するように言われ、
バックとハーフケット一枚だけを持って体育館に行った。

一晩中余震が続き、体育館のライトがゆらゆらと揺れて、バスケットゴールはガタガタなって・・・一睡も出来なかった。
ミックとziziは、校庭に止めた車の中で一晩過ごした。
体育館では、非常食の乾燥米や缶詰のパン、ペットボトルの水、災害用の薄い毛布が
配布された。
d0143705_012553.jpg


翌朝、家に戻りテレビを見て、大きな津波被害があったことを知り、その惨状に驚愕した。
その日福島原発1号機が水素爆発した。
それからは、原発事故の心配ばかり・・・
福島市は60キロも離れているのだから安全だと思っていた。無知だった。
15日の2号機の爆発で福島市の放射線量は、20μSv/hを超えた事を知ったが
その数字が、どれだけ危険かなんて何にも知らなかった。
水を求めて外に何時間も並んで、スーパーに買出しの為に並んで、ガソリンを入れる為に
外にいた人も少なくない。

放射線の心配は、まだ続いている。 
放射線に振り回されている。

           ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ここ数日、震災の特番を見る為にテレビの前から離れられないでいた。
泣いても泣いても涙が出る。
年のせいばかりではないような気がする。
きっと心が傷ついているんだと思う。



あの日の事を忘れないようにこの本を買った。
d0143705_23511840.jpg

各ページの上の写真が震災直後のもの、下の写真は今年1月のもの。
d0143705_014622.jpg

d0143705_02276.jpg

d0143705_022865.jpg

悲しい写真がたくさんあるけれど、3枚目の写真のように笑顔も見えるとホッとする。
この本の最後の方には、震災で亡くなられた方15000余名の名前が掲載されている。
ziziの知人の家族3人も、大槌町の欄に3人並んで名前が掲載されていた。 

この一年は、あっという間だったように感じる。
この震災の事は絶対忘れない!
まだまだ終わっていない原発事故の事も忘れてはならない!

被災地の子供も、若者もみんな言います。
『将来は、ふるさとの復興の為に、働きたい。』
誰かが言っていた。
『東北の被災地から、すごい人が出てくると思う。』と。

私達は、この震災で多くの事を学んだ。
差し伸べられたたくさんの温かい支援に涙した事が何度もあった。
福島県民に向けられた一部の人たちの心無い言葉に心を痛めた事もあった。
この震災で学んだ事を無駄にはしたくない。

しかし、何かをきっかけに区切りをつけたいと何度も思った。
一年を機に、心の中の一区切りにしたい。
[PR]
by hana920m | 2012-03-11 23:44 | 東日本大震災 | Comments(0)