カテゴリ:原発事故( 7 )

飯舘村の苦悩

地元新聞に、飯舘村の記事が4回にわたって掲載された。
村民アンケートで寄せられた意見。
『早く帰りたい』45件、『帰りたくない、戻れない』27件、『先が見えない』93件

飯舘村に限らず、『帰りたい』 『帰らない』 『帰りたいけど帰れない』
原発で避難している地域の人は、それぞれに想いは違う。
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1700戸だった飯舘村の世帯数は、避難で2700戸に増えた。
一家族で何箇所にも分かれて避難している家族もいる。
小さい子供がいる家庭は、大半が福島市に住んでいるにもかかわらず、
幼稚園や小学校、中学校は、バスで1時間も掛けて隣町まで通学しているというのも
不満だと・・・

除染も国が出した方針は、線量が低い方から除染して行くという。
線量が高い飯舘村の順番は?
その除染も、思うような効果が出ないと言う。

家の周りを除染して住めるようになったとしても、農業を再開する事も、畜産をする事も
出来なければ、村に戻っても生活出来ない。
先が見えないというのも当然。
飯舘村、これからも苦闘は続く。
切ないなぁ。。
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by hana920m | 2012-01-21 22:25 | 原発事故 | Comments(0)

花見山を守る会

福島市には、原発事故で避難している方々の仮設住宅が全部で1382戸あるという。
飯舘村から338戸、浪江町から924戸、双葉町から120戸。
ほとんどが、見るからに暑さも寒さも厳しいだろうと思われる場所にある。
本格的な冬を向かえ、雪が積もるなんてほとんど無い浜通りからの住民は
厳しい冬を過ごす事になる。
その点、飯舘村の人は強い。
飯舘村では、厳冬期は-17度にもなると言うが、
福島市では、最高でも-7度位だ。10度も高い。
だから、今年は暖かい冬を過ごす事になるというのだ。

一ヶ月くらい前、仮設住宅の人が使う毛布や暖房機の支援物資を募集している事を知ったので使っていない毛布や、コタツ下敷きやコタツ用毛布、叔母の家で使っていた客用座布団10枚などを届けた。
花見山を守る会へ
現在は、被災者を支援するNPO法人になっている。
あの時届けた支援物資のお礼の葉書、きれいな花見山の葉書が届いた。
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先日、イオンをはじめたくさんのショップが並ぶ大通りを一本裏に入ってみると
そこにも仮設住宅がたくさん並んでいた。
うん、ここなら買い物も便利だし、いろんなお店があるから散歩がてら覗いたら
気が紛れるかも知れない。
仮設住宅で寒い冬を過ごさなければならない皆様、この冬を何とか元気で乗り越えて頂きたい。

寒いので、ziziが石焼ビビンバを作ってくれた。 熱々でおこげも美味~!!!
男の料理は、準備が大変。
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by hana920m | 2011-12-12 21:45 | 原発事故 | Comments(0)

モニタリング

原発事故からもうすでに4ヵ月半が過ぎた。
新聞にも各地の細かい放射線数値の結果が発表されてる。
最近、町内のモニタリング結果の回覧板が回って来た。

市内でも、当地は比較的放射線数値が低い方、と言っても
平常値は、0,04マイクロシーベルト位らしいが、現在0,6マイクロシーベルト前後。
と言う事は、平常値の15倍にもなっていると言う事だ。

町内の道路などは、ほぼ0,5~0,7位。
しかし、芝生の公園や、土の上は1を越える所が2箇所あった。
子供が行きたくなるような所の線量が高いのだ。


福島市は、伊達市に続いて全市を除染する事になった。
あまりにも広い範囲なので、5~10年計画で除染するそうだ。
線量が高い地域の道路や公園、側溝、通学路などは、すでに始まっている。
福島市の渡利地区は、3マイクロシーベルトを超える所もあって深刻だ。
住宅が多く、近くには花見山をはじめ、すぐ近くに山があるような地域。

そういえば4月、花見山が見頃だった頃、あの地域が線量が高いなんて知らされていなかったから、
マスクもしないで、花見山に行って思いっきり深呼吸して来てしまった。

我が家では、ミックが一番被爆していると思う。
福島市が20マイクロシーベルトもあったあの頃から、毎日欠かさず
朝晩30分ずつ散歩に行っていたし、地面から50センチ位の空気を吸って、
草むらを歩いて、時には草を舐めたりもしていた。
動物も、結果が出るのは何十年後なのだろうか?
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昨日、食品安全委員会が内部被爆と外部被爆を合わせて、生涯の累積線被爆量を
100ミリシーベルトにするべきだと、発表した。
しかし、国は外部被爆を20ミリシーベルトまでは、避難に値しないといい、
毎時3,8マイクロシーベルトを超えなければ、大丈夫と言い張っている。
外部被爆だけで、20ミリシーベルト。
ここに数年しか住めないという事になりかねないんじゃないの?
大体、生涯で100ミリシーベルトなんて、調べる事が出来るの?
この発表で、益々混乱しそうだ。

先日の新聞には、今問題になっている牛肉や食品に含まれているセシウムは、
取るに足らない数値なので、健康被害のデータなどは取っていないのだ。と載っていた。

結局、世界に例を見ない事例だから、食品の放射線の健康被害なんて示せないと言う事だろう。
これから、全県民の健康調査をして、何十年ものデータを取って研究して、
福島県民の放射線による健康被害が、世界のデータになるという事か。
なんだかなぁ。。

いつものまとまりの無い文で…m(_ _)m
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by hana920m | 2011-07-25 22:29 | 原発事故 | Comments(0)

飯館村の避難はじまる

計画的避難地域の避難が始まった。
妊婦さんや小さい子供がいる家庭が福島市に。
ここからそう遠くない所の公務員宿舎へ。
娘達が幼稚園の時、公務員宿舎に入っていたお友達が
何人もいて、遊びに行った事もある。

テレビで宿舎の様子が映されていたが、あの当時の宿舎とは違い
ずいぶんきれいな所のようで、安心した。
すぐ近くに大きなスーパーもあるし、学校も幼稚園も病院もあるから、
安心して快適にすごして欲しいなぁ。

しかし、こうして福島市に避難してくる人もいれば、
福島から逃げ出している人もいる。
なんとも微妙な気持ちになる。


福島市は、6月はじめに毎年、一斉掃除(どぶそうじ)が行われる。
今年は、6月5日に実施される事になっていた。
今日、回覧板が回って来て、一斉清掃の中止のお知らせだ。
きっと側溝には、放射線物質が含んでいると思われる汚泥があるからだ。
いつもなら側溝のゴミや土は、麻袋に入れて市が収集してくれるのだけれど、
きっと行き場が無いのだろう。
汚染されていると思われる汚泥は、そのまま・・・・と言うことになる。
なんだかなぁ。。

被災者の子供達が使う、給食袋とナプキンのセットが6組と
巾着袋3枚を作った。
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自分が好きな事をして、困っている人の役に立てばこんなうれしい事は無い。
しいて言えば、石川遼君と同じ気持ちと言うことで。。 (*^m^*) ムフッ
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by hana920m | 2011-05-15 21:04 | 原発事故 | Comments(0)

飯館村の移転先

昨日の新聞に飯館村の移転先が載っていた。
村民を6つの分類して、乳幼児や妊婦、園児がいる家庭は、福島市内に。

小中学生がいる家庭は、福島市でも少し遠くの施設や、二本松市の温泉、
遠くは、猪苗代のスキー場にあるホテルにと、バラバラになる。
スキー場のホテルは、素敵な所です。
私もドライブしながらこのホテルでお茶したり、温泉に入ったり、
たまにはランチにいったり、もちろんスキーにも何度も足を運んだし、
孫達とそりを持って行って遊びに行った事もある。
しかし、山の中のスキー場のホテル、小中学校は、いったいどこに行くの?

高校生は、福島市に。

そ例外の世帯は、二本松市、相馬市、国見町・・・・
7市町村に1014戸を確保したと新聞に載っていた。
みんなバラバラだ。

飯館村の人達は、いつまでこの状態が続くのだろう?


福島原発、なんだか順調に進展しているようには見えない。
なんだかなぁ。。
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by hana920m | 2011-05-11 23:26 | 原発事故 | Comments(0)

川内村の一時帰宅

20キロ圏内の一時帰宅が始まった。
川内村の住人95名。


一度だけ、川内村に行った事がある。
モリアオガエルの繁殖地の『平伏沼』に行くのが目的だった。
車中、『『平伏沼』が無かったら川内村にくる事はないよね。』と言った記憶がある。
用事が無ければ、絶対に行くことがないような、中通りと浜通りの中間地にある
山間の村。

『平伏沼』  それは、それは神秘的な所で、まるで妖精でも出てきそうな
今まで見たことの無いような空間だった。


村役場の近くには、『かわうちの湯』と言う、立派な温泉施設があって
近隣の住人たちで賑わっていた。
もちろん、私たちも温泉に浸かって来た。

役場の近くには、天山文庫と言う施設もあった。
いわき市出身の詩人、草野心平が、この川内村をこよなく愛し、
たくさんの蔵書を寄付されたとか。
その蔵書のために、村人達が材料を持ち寄って建てたと管理人が言っていた。
草野心平氏は、晩年まで川内村を何度も何度も訪れたと聞いている。


村の蕎麦打ち名人がいる蕎麦処で美味しい蕎麦も食べて来た。

そんなのどかな川内村に、防護服を着て入らなければならないなんて・・・・
悲し過ぎます。
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by hana920m | 2011-05-10 22:44 | 原発事故 | Comments(0)

原発被災者の気持ち

東電の社長はじめ役員の方々が、土下座して詫びている姿をテレビ画面で何度も放映された。
周りを取り囲んだ原発20キロ圏内からの避難者に厳しい言葉を浴びせられ、名前を呼び捨てにされ・・・
頭を下げることしか出来ない彼らを見て、なんともやりきれない気持ちになった。
メディアは、好んでこういう場面を使いたがるのだとは思うが。

あの避難所にいたのは、浪江町の人たちだ。
原発のある自治体の人達と違い、直接東電の恩恵は受けていない人達。
自分達は、取り残されていると感じている浪江町の人々。
それだけに、溜まりに溜まった不満が爆発したのだろう。
天災ならあきらめもつくが、原発は人災だから諦め付かないのだと言う。
その気持ち、痛いほど分かる。
自分達の生活、すべてを奪われたのだから。。

福島市に住んでいる私もそうだけれど、計画非難を余儀なくされている飯館村や
川俣地区の山木屋地区の人達は、浜通りに原発がある事を知っていたにしても、
原発の影響が自分の住んでいる地区に影響するなどとは、考えもつかなかったに違いない。
たとえ一ヶ月の準備期間があったとしても、村全部を移転するなどと言う事は、無理難題だ。

それが、一言原発が危ないから、すぐに避難するように言われた人々。
着の身着のままで、津波にのまれた家族を探すことも出来ないで
恐怖に慄いて避難してきた人々の気持ち、筆舌に尽くしがたい。。
そのうえに、いらぬ差別までされるなど、許されないことだ。
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by hana920m | 2011-05-05 22:05 | 原発事故 | Comments(0)